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国立天文台重力波プロジェクトを中心とし、東京大学、イタリア、ドイツなどの研究者からなる研究チームでは、国立天文台三鷹キャンパス内にあるプロトタイプ重力波検出器TAMA300を用いて、周波数依存性スクイーズド真空場による重力波望遠鏡の高感度化技術開発に世界で初めて成功しました。

2015年の重力波初観測以来、重力波天文学の研究は急速に進展し、アメリカの重力波望遠鏡LIGOおよび伊仏のVirgoは先月までの観測中、毎月数個程度の頻度で重力波イベントを検出しました。また、日本の低温重力波望遠鏡KAGRA2月から観測運転を開始しました。

重力波は時空の歪みが波として伝搬する現象で、通過する際には2つの自由質点間の距離を変化させます。レーザー干渉計型重力波検出器では、振り子として吊り下げられた鏡を自由質点の代わりに用いて、数km離れた鏡間の距離の変化を精密に測定することで重力波を検出します。問題は重力波によって引き起こされる距離の変化が極めて小さいということです。ブラックホールの合体から出る強力な重力波でも、地球と太陽の間の距離が水素原子1個分以下しか変化させません。このような小さな変化を対象とするため、重力波検出器の測定限界は量子力学的(1)な不確定性によって決まってしまいます。測定に用いるレーザーの位相と強度が量子力学的に揺らいでしまうことが、装置の感度を決めるのです。これを量子雑音と呼びます。

量子雑音は、「真空場の揺らぎ」と呼ばれる電磁場の揺らぎが、干渉計の出力ポートから干渉計内へ逆向きに侵入することで生じます。真空場の揺らぎは、周囲にある全てのものを完全に静寂に保ったとしても必ず存在してしまう、排除不可能な電磁場の揺らぎです。この揺らぎには、電磁波の位相が揺らぐ成分と、波の振幅が揺らぐ成分の2つが存在します。通常、この2つの揺らぎは同程度の大きさを持っていますが、非線形結晶を用いたスクイージングと呼ばれる技術を使うと、その揺らぎの比率を変えることができます。たとえば、位相の揺らぎを小さくする代わりに、振幅の揺らぎを大きくするといったことが可能です(2)。このように揺らぎの比率が変えられた真空場の揺らぎを、スクイーズド真空場と呼びます。

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図1: スクィーズド真空場を生成するための光学セットアップ

真空場の位相揺らぎは、重力波検出器において高い周波数の雑音を発生させます。一方で、振幅の揺らぎは低い周波数の雑音を発生させます。そのため、たとえば位相揺らぎを小さくするスクイージング装置を干渉計の出力ポートに設置して、干渉計に侵入する真空場をスクイーズド真空場に置き換えてやると、高周波における雑音を減らすことができます。しかしこの場合、低い周波数の雑音は逆に増加してしまいます。

従来のスクイージング技術では、このようなトレードオフが必ず生じてしまいました。しかし、低い周波数では振幅の揺らぎを抑制し、高い周波数では位相の揺らぎを抑制するような周波数依存性のあるスクイージング装置を用いると、全ての周波数において量子雑音を低減することができます。今般、国立天文台重力波プロジェクトを中心とした研究チームは、大型重力波検出器で必要とされる100Hz以下の周波数において、このような周波数依存性を持つスクイーズド真空場の生成に世界で初めて成功しました。

本研究では、国立天文台三鷹キャンパスに設置されたプロトタイプ重力波検出器TAMA300を改造し、長さ300mのフィルター共振器を構築しました。フィルター共振器とは、2枚の鏡を向かい合わせたFabry-Perot型の光共振器で、周波数依存性の無いスクイーズド真空場を、このフィルター共振器に反射させることで、周波数依存性のあるスクイーズド真空場を作り出すことができます。大型重力波検出器では、位相揺らぎの抑制から振幅揺らぎの抑制への切り替えを100Hz以下で行う必要がありますが、このような低い周波数でスクイージング状態を変化させることは難しく、これまで成功例がありませんでした。本研究では、300mという長い基線長を持つTAMA300と、最新技術で製作された超低光学損失の鏡を組み合わせ、さらにKAGRAの開発で培われた防振制御技術を応用することで、低周波における周波数依存性スクイージングの実現に成功しました。

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図2: 生成された周波数依存性スクィーズド真空場

周波数依存性スクイーズド真空場は、KAGRAのみならず、LIGO, Virgoといった世界中の重力波検出器の次期アップグレードで採用される予定の技術です。その実現性を世界に先駆けて実証したことは非常に大きな意味を持ちます。この技術の採用によって、重力波検出器の感度を約2倍に高めることができると見積もられています。これは、重力波で観測可能な宇宙の体積は8倍となり、観測される重力波イベントの数も8倍に増えることを意味します。より多くの重力波現象を観測することで、ブラックホール連星の形成過程や一般相対性理論の精密検証、中性子星の諸性質解明や、宇宙における重元素の起源など、我々の宇宙に関する様々な新しい知見が得られると期待されます。

本研究の結果をまとめた論文はPhysical Review Letters誌から出版され、Editors' Suggestionにも選ばれました。また、同様の結果が16 mのフィルターキャビティを用いたマサチューセッツ工科大の研究グループによっても得られ、我々のグループの論文と同時にPhysical Review Letters誌に掲載されます。

Frequency-Dependent Squeezed Vacuum Source for Broadband Quantum Noise Reduction in Advanced Gravitational-Wave Detectors, Phys. Rev. Lett. 124, 171101

(1) 量子力学とは、原子や素粒子など極小の世界における物理現象を記述するための理論です。

(2) 位相と振幅の揺らぎを両方同時に小さくすることは、量子力学的不確定性原理に反するため、できません。

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